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この記事のまとめ
- 欧州駐在後、日本語を学ぶ外国人のサポートをするボランティアをやっている(現在中国赴任の為離脱中)熊太郎、老後の生き方として日本語を教える仕事に興味があったんだ。
- 文科省が「登録日本語教員」という国家資格を2024年からスタートさせたこともあって60歳までにこの資格を取得しようと、上海にその勉強道具を持参し、細々と勉強していた。
- 2025年の試験が2025年11月2日に行われた。
- その結果が12月中旬に発表された。結果は。。。。
- 今後の進め方を考えます。
熊太郎、セカンドライフを考える
2025年現在56歳の熊太郎、セカンドライフの過ごし方については数年前から何となく考え始めていたんだ。
65歳定年の会社に勤めているんだけど、65歳まで今の会社・今の仕事で生きようとは考えていなくて、60歳で区切りをつけようと思っている。
人生は一度きりだしね。寿命が延びている現代、せっかくなら違うことをやってみたいなと思っている。
それは違う仕事かもしれないし、海外放浪旅かもしれないし、海外語学留学かもしれない。新しい経験を積みたいんだよね。
欧州駐在から帰国した2014年ごろから社会貢献的意味合いで町に住む外国人に日本語を教えるボランティアに参加していた熊太郎。いまは上海赴任のため休眠状態だけど、かれこれ10年近く参加していることもあり一つの方向性として日本語教師の資格を取ろうと朧げに思っていたんです。
登録日本語教員に向かってお勉強
そんな折、文科省が「登録日本語教員」という国家資格を2024年からスタートさせた。で、年に1回日本語教員試験があることを認識。
これはモチベーションが上がった。この先どうなるかわからないけれど国家試験だもんね。60歳までにこの資格を取得しようと心に決めたのでした。
国家資格となった初年度2024年の試験、練習のつもりでエントリーしようとしたのですが時すでに遅し。当時めっちゃ仕事が忙しく応募しなくちゃと思ってるうちに応募時期を過ぎていた。
2025年に実施された第2回、熊太郎が上海駐在になってしまいどうしようかと思ったのですが、模擬試験的に試験の雰囲気だけは味わっておこうと海外にいながらも受験の申し込みをしたのでした。
2023年ごろ購入(その後ずっと寝かしていた)した参考書を上海に持参したもの、当然ながら新しい職場で対処することも多くさらには中国語を学ばなければならず、日本語教員の学習優先度は低い状態でした。
時は進み8月。試験まで3ヶ月くらいになった頃、そろそろ本腰を入れないと本当に記念受験になってしまうと焦り始める。
日本に比べ残業は少ないし家も会社から近い。その代わり一人暮らしだから炊事洗濯に時間を取られる。
このままではイカンと炊事を少なくし外食にシフトすることで時間を捻出。
自室に帰るとTVを観るとか誘惑が多いので、会社の近くにある図書館に立ち寄り中国人民と一緒にお勉強(日本同様勉強している若者が多い)
また、アパートの2階にある共用スペースにPCと教科書を持ち込み勉強することにした。

勉強したこと
- まずは「日本語教育教科書 日本語教育能力検定試験 完全攻略ガイド 第5版」を一通りノートにまとめた。
→ でも若い頃の受験勉強と違って頭に入らない。記憶する機能、脳内のスポンジとでも言いましょうか、これが全然働かないことに愕然とする。
→ 特に出題割合の多い章に時間を割いた。
→ 上海にあるKOKUYOショップで購入したリング状の単語帳を購入しQ&A帳を作成したが、覚えられず悲しくなる(これを使うあたりが昭和のオジサン)
→ 9月まで基礎試験しか手が回らず応用試験なんて二の次でした。9月時点で試験に小論文があると思っていましたからね。呑気なもんです。(試験はオールマークシートです) - 8月に帰国した時に購入した「日本語教員試験 攻略テキスト 」は買っただけで結局使わず(手が回らず)
- 10月1日〜の国慶節休暇での一時帰国の際、「日本語教員試験 応用試験 問題集」を購入。これを試験までに一回通しで問題を解きました。もっとやりたかったけど手が回らず。この時点で聴解が難しい、というかコツが必要ということを認識する。
- 用語集Kindle版を購入していましたがほとんど見ることはありませんでした。
- YouTube「ももこ先生」と「大根ブートキャンプ」は見ていましたが、全然正解できなくて毎晩凹んでいました。
懇親会や出張は断れない
勉強が進まない一つの要因が懇親会や出張である。(言い訳。。)
ただしこれは本業であり優先事項である。試験も大事だけど今の仕事の目標を達成することの方が大事。
試験の前の週は日本からの出張して来た上役の方のサポート週でありその週の平日に試験の追い込みはできませんでした。さらには出張先で親しい同僚と2時まで飲んでいましたからね。試験云々というより翌日の仕事が辛かった(笑)
前年の合格率の低さにショックを受ける
試験のための一時帰国さえも無駄ではないかとまで思ったのですが、とにかく受けるだけ受けようと決意した試験前週。
さらに追い打ちをかける情報に触れます。それは前年度の合格率
この試験、お金払って専門の学校に通うと基礎試験が免除になる制度があります。そうすると応用試験のみの受験でOK(これを養成期間ルートという)となり、その合格率は60%を超えるのですが、上海にいる熊太郎は仕事もあるし学校に通うのは無理な話
そういう人は基礎&応用を丸一日かけて受験する「試験ルート」になるのですが、この合格率が8.7%と異常なまでに低い。(2024年の結果。2025年は30%台でしたね)
もうこの数字みただけでかなり諦めモードになっていました。
10月末 日本一時帰国
試験の準備も気合いも中途半端な状態で週末を迎えます。
10月31日(金)の夕方便で帰国して試験翌日の11月3日の文化の日に中国に戻るスケジュールです。
3日は日本は祝日ですが中国は平日。なので有給を取得し上海に戻る短期帰国。

金曜日午後半休をとって日本に帰国します。いつもはANA便で帰るのですが、JAL&ANAに夕方便はないので、中国国際航空(CA)の17時浦東空港発成田行きで帰国します。確か片道2万円くらいでした。安い。帰りは貯めたマイルを使ってANA便で戻る節約旅です。

中国国内便と同じような機内食。日本人の口にも合うと思います。
中国系航空会社に乗るときにいつも思うのだが、左側の丸いパンは不要と思うな。
11月2日 試験当日
前日1日は車を車検に出すようなことをしていた位諦めモードの熊太郎。
当日2日、試験会場である東大駒場に向かいます。私立文系だった熊太郎、東大駒場は人生初めての訪問。渋谷からすぐのところなのに緑が多くてビックリ。

いろいろな年代の人が試験会場に向かいます。

これは昼休みの様子。外で午後の応用試験の最終チェックをしている人がたくさん。
試験自体はなんか手応えがなかった。出来たようにも感じたし、出来たという確信もなかった。
次回受験のための備忘録(不要になったけど)
来年また受験に来る時のために以下のメモを取っておいた。なにせ熊太郎の今回の受験の目標は来年以降のこの試験に備えることだったから。これから試験を受けようとする人の参考になれば幸いです。
- 近くにお店はないので朝おにぎりやサンドイッチ、飲料を購入しておくこと
- 机の上に置けるのは、えんぴつまたはシャープペン、消しゴム、受験票、音の鳴らない時計(スマートウォッチは外すルール)、鉛筆削り、目薬、 ハンカチ、ティッシュは中身(紙)だけ置くのはOK
- 水は床に置くルール。飲むには監督官の許可がいる。ラベルは剥がすこと。
- 基礎試験は午前中120分だったが熊太郎は15分余った。
- 昼休み女子トイレがめちゃ混んでいた。可哀想なくらい。
- 午後は応用試験、読解は15分弱余った。
- 聴解は女子トイレ問題の影響で15分後ろ倒しで実施された。音声テストなので時間は余らない。
- 聴解の音声は一回しか流れないので聞き逃すと大変
- 5問ごとに少しの休憩タイムが入る。そこで即答できなかった問題のリカバリーを行った。
- 問題用紙は回収されます。

試験後、渋谷でなつかしの豚骨ラーメンを食べて帰る。

渋谷の居酒屋ビル。とりあえず試験がおわってホッとした。
12月12日(金)合格発表 なんとビックリ合格していた。
合格発表の日、その日は仕事終わってから週末旅行に行く日で、会社から帰宅後、荷物をまとめながら合否確認したんだ。
指定のリンク先をチェックしたら早速、得点と合否判定の書類にたどり着いた。
画面上に「合格」と言う文字が表示された。でも「これは基礎試験の合否だろう、応用試験の結果はどこかな?」と思って画面を探したが表示されていない。その後この「合格」と言う文字が基礎と応用試験まとめた合否の結果だと言うことを認識した。
なんとビックリ受かってしまった。
基礎と応用の得点が書いてあった。
基礎試験:80点以上が合格→ 熊太郎81点
応用試験:66点以上が合格→ 熊太郎68点
とかなり薄氷の合格だった。あれだけ勉強していないのだから当たり前か。。。
応用試験の内訳は
読解:配点60点→熊太郎43点
聴解:配点50点→熊太郎25点
聴解難しかったです。まぁ問題集一回しかやっていないからな。
合格率ですが、試験ルートの合格率は2024年の8.9%から35.9%と大幅アップしていました。
それでもざっくり3人に1人の割合でしか受からない試験をよくパスしたもんだ。自分を褒めてあげたいです。
慌てて今後の進め方を確認する
合格するなんてこれっぽっちも思っていなかったから、この後どうしていいかが全くわからない。
週末旅行から帰った後の週の平日夜、喜びを噛み締めながら、次に何をしていいのかどうか確認し始めた。
調べた結果、日本語教員として認定されるには試験ルートの場合「実践研修」なるものを文科省が認可した学校に行って学ばなければならないことがわかった。
学校によってばらつきがあるだろうが週1〜2回通い、3ヶ月ぐらいで修了となるようです。すでに1月からの研修は埋まっているみたい。
熊太郎は現在上海在住のため、もし来年度日本に帰任するようなことになれば通おうと思います。土日コースもあるみたいだし。
60才までに受かればいいやと思っていた試験に56才で合格できたことは大変喜ばしい。4年という時間メリットと、専門の学校にウン十万かけて通わなくて済んだという金銭的メリットを享受できました。