北米

2012年2月 初めてニューヨークに行った時の話

この話のまとめ

熊太郎がスイスに駐在している時、ニューヨークに出張する機会を得た。

これが熊太郎人生初の初東海岸、初ニューヨーク訪問

2026年の今となっては記憶も薄いが週末当地で過ごしたような。。

スイスに比べニューヨークは何でもあるなぁと感心した。

人生初のニューヨークは欧州から

今回は2012年2月、仕事の関係で米国東海岸に出張した時の話だ。

初の東海岸、初のニューヨークはまさかの大西洋航路にて訪問することとなった。From スイス to N.Y.での訪問なんて人生何があるかわからないですなぁ。

ニューヨークと日本

2000年頃サンフランシスコとラスベガスを訪問する機会はあったけどそれから10数年、今回の米国訪問は百聞は一見に如かずということを思い知らされました。

ニューヨークは危険という先入観も、割れ窓理論の話でも有名なジュリアーニ市長の市政のお陰か、当時思ったほど危険なものではなかった。少なくとも日中の中心地は安全で清潔な街でした。清潔と言ってももちろん街自体は古い。まぁそこがニューヨークの魅力でしょうが。

今回は仕事で来ているので限られた時間の中で町歩きをする。
スターバックスコーヒーの店舗の多さにはビックリした。ワンブロックに一つあると言っても過言ではないくらいの多さだった。そしてフリーの公衆Wi-Fiの充実っぷりは日本、スイスの比ではありません。当時とても便利だった。

セントラルパークに行けば日比谷公園を連想し、五番街を歩けば銀座通り、タイムズスクェアに行けば新宿&六本木を思ってしまうように規模とともに東京に似ている。いや東京がニューヨークに似ているというべきか。

人種のるつぼと言われるとおり色んな人がいます。アジア人もとても多い!スイスにいると176センチの自分が小さく思えるのだが、ニューヨークではそう感じない!

欧州スイスでお目にかかることが出来ない日本人になじみ深いブランドを久々に見た。J・Crewなんてスイスで見たことないからね。Gapの店舗もパリにはあるみたいだけれどチューリッヒにはたぶんないし。日本がアメリカ文化に影響されていることを改めて認識しました。アメリカ人はその逆もしかりで日本文化に影響されているとも言ってました。
現地の人間とピザハット、ウェンディーズと言った有名どころの店やフーターズの話で盛り上がることもできるのも日本にレストランが上陸しているからです。(ちなみに行ったことはない)
行かなかったけれど日本食レストランが沢山あり、きっと美味しいと思います。

日本のアパレルの雄、UNIQLOがニューヨークには当時3店舗あり繁盛していた。2026年2月時点UNIQLOのWEBで確認すると10店舗以上あるね。日本人としては母国発のブランドが受け入れられていることがとても嬉しい。
一緒に出張したスイス人がいたくここのヒートテックとカシミア100%の格安セーターが気に入ったらしく(機能、安い価格の理由は熊太郎が説明)滞在中3回もお付き合い。余談ですがドイツ語ではウニクロという発音になる。2026年のいまもスイスにはUNIQLOないみたい(WEBサイトで確認した)

熊太郎としてはUNIQLOの現地従業員の教育が興味があり、買い物に付き合っている間、店舗内を観察していました。日本と同じようにアメリカ人が店頭で安売りアイテムの告知アナウンスをしていたり、散らかった商品を折り畳んでいる姿にUNIQLO日本スタッフの苦労を感じ取ったよ。

そしてスイス在住者としては羨ましかったのは紀伊国屋書店である。スイスに日本の本屋はないからねぇ。思わず司馬遼太郎の坂ノ上の雲を買ってしまいました。
2026年現在もまだあるみたい。スゴイ

ニューヨーク週末散歩

 


グラウンドゼロ建設地(この時はまだ建築中だったんだね)


Flatiron Building


エンパイアステートビル

ニューヨークで夕食からのブルーノート

スイス人やドイツ人と一緒ながらもアメリカにある日本文化に触れ感動した熊太郎。

そんな懐かしの日本を探すのはほどほどにして、米国文化に触れないと。
夕飯はドイツ人同僚のおすすめのステーキハウスへ行き、米国で初のステーキを頂く。

翌日は休日。マンハッタン、いや、メェンヘッーテェーン(現地風発音)を満喫すべく地下鉄を駆使して同僚と観光。夜何を食べようかという相談に、持参のipadでいろいろ調べてみると、おーナイスタイミングでDavid Sanborn のライブが本場のBlue Noteで今晩やるじゃないですか!(サンボーンは2024年にこの世を去ってしまいました)

早速同僚に提案し、席を予約。本場アメリカのジャズクラブでディナーとなったのでありました。

席は端っこの方でいまいちだったが、それでも生でサンボーンを見られるとは夢のようです。

さて2日目の夜をBlue Note で過ごした熊太郎。いやぁ、満足っす。

宿泊ホテル

そういえば今回のホテルだが、同僚の定宿を予約してもらったけれど、、、

ロケーションはGreat!
だって40th通りのブライアントパークの向かい、当時の紀伊国屋書店まで2分。どこに行くにも便利な所

しかしこの4つ星ホテル、値段が高いんだよね。お休みしている期間は自腹なんですよ。当たり前ですが。
3泊で約1,000ドルだった。1泊100EURレベルで旅している俺としては破格の宿泊費です。(記事を編集している2026年の値段をbooking.com で検索したら18万円強だった。当時は日本円がものすごく強く1ドル80円を超えるほど。2026年はその倍だからね。そういう意味ではドル建てで考えればそんなに値上げしたわけじゃないんだね)

翌朝、恒例の朝のお散歩。W45th 辺りを歩いているともうなんか東京大手町を歩いている感覚です。

そしてアメリカ通り沿いにはラジオシティ。日比谷じゃないよ、マンハッタンのラジオシティ。

しかも今夜はアレサ・フランクリン演るんだ! ご存命だったのね。(2018年に亡くなりました)        

その後同僚他と合流し、昼の散策。

お昼はこんなもの食べたり、


夜はまたステーキだったり、いったい滞在中どんだけ肉食うんだ??

ニューヨーク週末散歩2

日曜の朝。定番の朝散歩。

本日はミッドからダウンタウン方面へひたすら歩く。
目的は、Jazzの聖地!? Village Vanguardへ。

朝に似つかわしくない目的地だけれど、やっぱり有名所。一回は見ておかなければとひたすら歩く。

遠くにグラウンド・ゼロの再開発工事が見えます。

自由の女神を見る

その後、またまた同僚とN.Y.と言えば自由の女神ということでマンハッタン南端のSouth Ferry ターミナル(たぶん)からSt. George港まで船に乗り自由の女神の近くまで。

至近距離と行ってもこの位の距離ですが。上陸はしませんでした。


マンハッタンに戻る。観光船じゃないので地元の人らしき人も多数乗船。


これもJAZZの聖地 BIRDLAND。昔のと違うけど。
チャーリー・パーカーですな。

そしてやっぱり一日の〆は肉でした。ゲップ。これが熊太郎の初ニューヨークでした。この後は他州へ移動するのでありました。

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