スイス ヨーロッパ旅

失われゆく氷河を見に行こう - スイスの秘境!?グラウビュンデン州へ

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今回のお話はスイスの秘境!?グラウビュンデン州にある氷河を見にいった時の話です。
訪問したのは熊太郎一家がスイスに住んでいた頃、2013年5月ですので、表示されている価格や情報が現在のものを異なる場合があります。
その点ご注意ください。
熊太郎家はチューリッヒから弾丸日帰り旅を敢行していますが、余裕を持って1〜2泊することをオススメします。

秘境!? グラウビュンデン州へ

スイス連邦の人口約800万人。国内には日本の47都道府県のようにスイスには26の州が存在する。
熊太郎が住んでいるチューリッヒ州は一番人口が多い。まぁそれでも100万人レベルなのだが。

そしてその逆、一番人口が少ないのは今回訪問したグラウビュンデン州である。でも面積は一番大きいんだよ。お金持ちが訪問するサンモリッツや真冬の国際会議開催地であるダボス会議で有名な場所です。

社会の時間学んだ、「スイスは4つの言語があり、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語が公用語」という中の「ロマンシュ語」が話される地域はココ。ドイツで言う「バイエルン州」みたいなモンだと勝手に思っている。

地図でいうとスイスの右下。

今回の旅の目的は消えゆく氷河を見に行くこと。子供達にそれを体験させる社会科見学旅行である。

どこかのホテルに泊まるのが常道であろうが、相変わらず熊太郎家のスイス国内旅行は日帰り。(スイスに住んでいたからです)

チューリッヒ発8:37に出て、モルテラッチという場所に昼前に到着する。

チューリッヒ中央駅。ここからまずはグラウビュンデン州の州都Chur(クール)まで向かう。

熊太郎家は普通に2等車を利用。ちなみにスイス国鉄の列車はいろいろな種類の2等車が連結されているが写真奥の白赤黒の車両がオススメ。手前の緑白の車両は古くて臭いのだ。しかも白赤黒の車両はコンセントが付いているので、スマホ充電できるのだ。

 

途中、Walensee(ヴァレン湖)を通過。

 

ハイジで有名なマイエンフェルドはこの沿線である。マイエンフェルド訪問記はこちら。

まずはクール Chur到着

 

1時間20分でクールに到着。Churはチューリッヒから直通列車が出ているので、よく耳にする名前。埼玉県民の感覚だと上野から宇都宮線で小山に行く感じです。

 

クール駅前。

 

グラウビュンデン州名物のビュンドナーヌストルテ。420gで19CHF(2013年当時)ってやっぱ結構高いよね。

さて、定刻にChurに到着した熊太郎一家。

超有名観光鉄道「レーティッシュ鉄道」に乗り換え

ここからはスイス国鉄ではなく、レーティッシュ鉄道という地方鉄道に乗り換える。

WEBサイトは日本語もある。

 

スイス国鉄を初めとした欧州の鉄道は標準軌だが、この私鉄は日本と同じ狭軌である。

 

向こうに見えるのは日本人に特に有名なベルニナ急行である。

我々が乗るのはその急行ではなく手前に普通列車。

線路の幅が馴染みのある幅です。

熊太郎一家がどこに向かっているかといいますと、こんな感じ(Googleマップ参照)

目的地はかなり奥地。もう少しいけばイタリアである。

 

ここからの車窓はまさに「秘境」である。崩れた建物や教会が点在する。

 

 

そしてお約束の石でできた橋梁。

 

切り立った崖や険しい谷を抜けていく。

 

熊太郎一家は先頭車両に陣取り撮影。

 

 

桜も咲いていた。

 

ようやくグラウビュンデンにも春が来た感じです。

 

戦前に製造されたGe6/6 電気機関車がBergün駅に停まっていた。

 

列車は奥へ奥へと進んで行く

 

険しいところはグルグルループして抜けていく

 

眺めていると、

 

 

さっき通り抜けた線路が下に見える。

まるで鉄道模型のレイアウトみたい。

 

赤い車両が目立つね

2014年 レーティッシュ鉄道事故発生

熊太郎が帰国した翌年、このレーティッシュ鉃道で土砂崩れによる事故が発生した。その時のニュースはこちら。日本人も2人怪我されている。

山中をうねうね走る鉃道だけにこういうことって起きやすいんだろうなぁ。

崖沿いを走る感じは日本のローカル線と変わらず。

以前会津地方を旅行したときに磐越西線も線路の法面に土嚢が積み上げられている所があったし、只見線も天災で橋が流出し10年経ってようやく運行再開。山岳地域は大変です。

さて、そのレーティッシュ鉃道。日本からのスイスツアーで超定番。

ツアーは一日目成田からチューリッヒに着いてサンモリッツに移動、二日目はレーティッシュ鉃道のループ線。三日目サンモリッツから氷河特急に乗ってツェルマットに向かう。こんなパターンが多い。

報道で「日本の観光客もたくさん乗る」と伝えていますが、熊太郎的コメントを申し上げると、サンモリッツからクールに向かう今回の路線において氷河特急の場合は間違いなく日本人が多いが、普通列車だとそれほどでもない。

 

クール駅で撮影したこの写真。向かいは氷河特急(For rich people)

手前は普通列車(熊太郎家が乗ったもの)。今回の事故と同等の列車と思われる。

今回200人くらい乗っている中で11人の方がケガをし、乗っていた日本人の方6人中5人という高確率でケガをされたというニュースがありましたが、何故高確率だったか?

熊太郎感覚ですが、脱線転落した1両目(2両目も)は写真を見る限り1等車であったことが原因の1つではないかと思います。

せっかくスイスに来たのだから1等車でゆったり景色を堪能したい。熊太郎もよくわかります。(ウチは余裕がないので2等車でしたが)

もう一つは先頭、及び後方の車両に乗ると、レーティッシュ鉃道らしい写真が撮れるのです。

こんな感じ。

そしたらやっぱり端の車両に乗るわな。

この写真の編成、先頭(撮影側)から、

1両目 1等/2等車(熊太郎乗車位置)

2両目 2等車

ずっと行って

最後尾2両 1等車

ですからね。写真はクールからサンモリッツに向かっているので、今回の事故はその逆方向。となれば先頭は1等車2両。

日本人なら少々待って端の車両を確保する事くらい普通にするわな。

なんとも不運です。

事故後の映像でヘリが映っていましたが、あれはスイスの救急ヘリ隊のREGAだと思われます。

なにせスイスは山岳地域。遭難する方、スキーでケガされる方もたくさんいる訳で、そういう時、救急ヘリ隊は大活躍するのです。

 

氷河に近い「モルテラッチ」へ

 

Samedan駅に11:45に到着

ここでさらに乗り換えます。 

さて、Samedanに到着した一家。

この時点で3時間電車に乗っている。

ここで乗り換え、目的地Morteratschへいよいよ近づく。

駅の「線路を跨ぐな」の表示には日本語が! チューリッヒ辺りだと、ドイツ語、フランス語、イタリア語、英語の4つだが、この辺り、日本人観光客が訪れる地ではドイツ語、イタリア語、英語、そして日本語。

さらには電車に「箱根」の文字が、この鉄道、箱根登山鉄道と姉妹鉄道なんだよね。

家を出発して約4時間。ついに目的地「モルテラッチ駅」へ。この駅で降りたのは。。。熊太郎一家のみ!

そして列車は駅を離れる。こんな不安に駆られる下車は久しぶり。どうなる熊太郎一家!(大袈裟だが、10年後に考えるとよく日帰りで行ったもんだと思う) 

我々4人しか下車しなかったモルテラッチ(Morteratsch)駅。他の観光客のお目当てはこの先にある世界遺産のループ橋を通過することであり、その後イタリアに抜けるはず。しかし熊太郎一家、スイスは基本日帰り旅行。そんな余裕はないのである。

我々の会話以外聞こえるのは風の音、鳥の鳴き声、川のせせらぎのみだ。

駅からハイキング開始。モルテラッチ駅の横にはホテルがある。

しかし、訪問した時期が冬季と夏季の端境期で休業中! 唯一のトイレスポットが閉鎖中。。。

これには困った。(今思うとよく家族から不満の声が挙がらなかったもんだ)

氷河へのハイキング

さてこのハイキングの目的はなにか?

ここは歩いて氷河の先端まで行けるポイントなのだ。氷河の名前はモルテラッチ氷河。

2013年当時は約1時間ほど歩くと氷河の先端に行き着いたこのハイキングコース。

大昔は、下車したモルテラッチ駅まで氷河があったそうだ。

しかし地球温暖化の影響か、どんどん氷河は溶けて後退し、今では1時間もあるかないと先端に行き着かない。

そんなことを子供達に見せたくて、今回ここを訪問した次第である。

あれから10年、WEB検索すると後退は急速に進んでいるという情報がありますね。。

 

ず10分ほど歩くと1878の文字を発見。つまり135年前はここまで氷河があったのだ。

ハイキングの道は平坦。ひたすら川沿いを歩きます。

しばらくは全く人に出会わない。熊太郎一家だけの世界。

1900年の標識を発見。ここまで駅から15分。

時は5月中旬。ひんやりしているが、日差しはあたたかく、コートを脱いでハイキング。熊太郎息子は岩場で遊ぶ余裕も。

1920年に到達。ここまで約20分。標識には1900年から20年で204m後退したとある。

1940年。ここまで25分。1900年から40年で540m後退。さっきより後退のペースが上がっている。

1950年。ここまで30分。1900年から50年で741m後退。さらに後退ペースが上がる。

1960年。ここまで40分。60年で1039m後退。10年で300m消失ですよ。

1970年地点。奥にはっきり氷河が見えてきた。ここまで45分。1318m消失。

1980地点。ほとんどゴール。ここまで50分。1619m。

1990年。1687m。10年300mペースだったのが、この10年の消失部分は少ないね。

このあたりになると溶け出した水の量がハンパなく、靴が濡れないように注意する。

2010年も手書きであった。この時2013年。ってことは3年でこんだけ溶けちゃったのか。。

氷河が軋む音、崩れる音が聞こえる。

よく見ると青い氷が見える。

いろいろ考えさせられるハイキングである。 

氷河の先端にたどり着いた熊太郎一家だが、この辺りになると何人かの人とすれ違う。それもスキーヤーと。

彼らは、この氷河の上、デアボレッツァから滑ってきたものと思われる。

だんだん天気が悪くなってきた。さすが山の天気。

駅に戻るがやはり人が少ない。

日が陰り、寂しさ倍増です。

 

なんかの案内標識でした。

駅前にはたくさんの標識が。

なかなかプリミティブな踏切ですw

この時点で14:30。

チューリッヒ方面に戻る途中、サンモリッツへ立ち寄ります。。

氷河ハイキングを終えた熊太郎一家、戻る道すがらリゾートタウン、サンモリッツに立ち寄り。

モルテラッチから電車で30分位で到着する。

サン・モリッツへ

さて到着すると再び日本語表記を発見

今度は5ヶ国語での表示。ちゃんとしたゴシック系のフォントを使っているのには関心。(欧州では謎のフォントで表示されているのをよく見るからね)

そしてこれ。姉妹鉄道からの寄贈です。

サンモリッツの駅を湖側から撮影

いかにも高そうなホテルがいくつか見える。

5月なのにこの寒々しい天気。。。

湖沿いのホテルWaldhaus。この辺りは漫画ジョジョで取り上げられたと熊太郎娘は大興奮。

サンモリッツ駅。

5月、まだ街はオフシーズン。サンモリッツの急坂を登ってきたにもかかわらず、街はまるでゴーストタウン。ブランドショップも閉まったまま。

ほとんど空振りでサンモリッツは終了〜

サンモリッツの良さはわからずじまい。老後に再訪するか。。。

結局駅前のHotel Bellavalのレストランで軽くお食事して帰路につく。

ところでこの地域、スイス公用語4カ国語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)の中の一番話者の少ないロマンシュ語地域。ロマンシュ語とはどんな言語か?とちょっとだけ期待していたのだが、結局わからないまま、店員はイタリア語を話していた。Wikiによると話者は3万人台らしいから、こりゃすごいレアな言語だね。

クールに20:00に到着。家に着いたのは22:00頃でした。 

旅のまとめ

今回の旅は冒頭申し上げた通りスイスに住んでいる熊太郎一家が朝7時に出発し22時に帰着するという強行日帰り旅行でしたが、
皆さんにはサンモリッツあたりに一泊して氷河を見ることを強くおすすめします。

独自 オススメ評価
★★★☆☆☆☆☆☆☆ 3 アクセス  →チューリッヒから電車で4時間! サンモリッツに宿泊できれば、★は+3つくらい増えるかな。
★★★★★★★☆☆☆ 7 シニア向き  →ハイキング自体は平坦で苦にならない。ただし途中お店ないから装備はしっかりね。あとは氷河が消失している分、歩く距離が長くなっていると思う。
★★★☆☆☆☆☆☆☆ 3 天候に影響される度 →荒天時はムリしない方がよい。山をナメてはいけない。

★★★☆☆☆☆☆☆☆ 3 楽しさ    →楽しさと言うより「地球ヤバいな」と思います。
★★★★★★★★★★ 10 学び度    →上記の通り温暖化が原因だとすれば結構ヤバい事態であることが学べます。
★★★★★★★★★★ 10 スイス観光度 →氷河を見る。これぞスイスに来てやることでしょう。

と言うことで夏に向かうこれからの季節、滞在時間が潤沢にあれば是非訪問してみてください!そして現在氷河がどのくらい後退しているのか教えてください!

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