中国

旧満州エリアを巡る旅2 偽満皇宮博物院見学

2025年、中国駐在中に訪問した都市を語る。
2025年9月に中国東北部に行った話の2回目は満州の皇宮博物館を訪問した話です。

偽満皇宮博物院

満州国。日本だと「日本の傀儡国家」と勉強したと思うが「偽満」というダイレクトな名称にびっくりする。市内にある遺構もだいたい「偽満」って書いてあります。

その満州の皇居。つまり溥儀がいた場所は長春駅から東に行ったところにありました。調べればここは当時の仮皇宮で本当の皇宮は作っている間に終戦になったとのこと。

その皇宮へのアクセスは簡単。長春駅から地下鉄で2駅。下車駅も「偽満皇宮駅」とそのものの名前です。Googlemapsだと公共交通が出てこないので徒歩で示しています。

地下鉄の乗り方は上海や他の都市と同じです。熊太郎はAlipayの中にある公共交通のチケットにアクセスして、長春の公共交通用のQRコードを表示させ乗車。

上海と違うところは地下鉄の入り口が防寒仕様になっていることかな。中国に行ったことある人は想像できると思うんだけど、入り口にあるビラビラのカーテンが分厚いんだよね。これはハルビンや大連も同様です。

これが地下鉄偽満皇宮駅。皇宮的装飾です。訪れる我々の期待を裏切りません。

これが駅の地上部分

入場

少し歩くとエントランスに到達できます。観光客が多いのか観光バスの駐車場がとても広かった印象。

はい「偽」です「偽」

チケット販売所からみた入り口

これチケット。70元(1,500円くらい)8:35に購入していますね。
日本人はパスポートが必須。黙っていれば中国人か韓国人か日本人かわからないんだけど、パスポート見せる時が嫌なんだよね。嫌な思いをしたことはないけれど。

これが皇宮全体地図。黄色地の部分がメインの建物が集まっているエリアです。熊太郎はだいたい8:30に入って10:00前に施設を出ました。ゆっくり見たい人は2時間みておいたら良いと思います。

はいこれがメインの建物である仮宮殿の「同徳殿」。Wikiによると1938年竣工。建てたのはいまの「戸田建設」だって。

同徳殿に入ってすぐのところ。そこらじゅうで熊太郎含む観光客が写真を撮っている。

いかにも玉座的なものが設置されているけど

Wikiによると、溥儀は関東軍の盗聴を恐れて

この施設を使わなかったって書いてありますね。

障子! 日本間もあります。

日本の影響を受けている(偽の)国でしたからねぇ。和室もありました。

全体的な色調はこんな感じで、

満州国の”国旗”に使われている黄色をイメージカラーにしているのかなと思わせる。

戦後かなり手を入れたんだろうけれどよく残したものです。中国からしたら「偽」の国の施設なのにね。

当時の服装も展示してあります。

満州国歴史について説明するエリアへ。

「関東軍の操り人形」なかなか上手い表現です。

「二回も訪日」って、過度に出張して経費を無駄遣いした社員を糾弾するような言い回しだね。英語の「Visit Japan Twice」が普通に聞こえます。

関東軍と溥儀とあと誰だ?日本の政治家? 手前の説明には「支援日本侵略戦争」と書いてあります。

応接間

説明書きを見るとあまり使わなかったらしい。

日満の勲章の比較表もありました。

「日本の侵略戦争に支持」。まぁそうだよね。日本の侵略戦争を支持、とした方が良いと思うけど。

こちらは勤民楼

溥儀はこっちで政務をしていた。

回廊になっています。

豪華な会食室

熊太郎が訪問したのは9月だから良いんだけど、冬はマイナス2桁の気候ですからね。暖房入れていたんだろうけど冬は寒そうです。

 

日中戦争から太平洋戦争までの歴史展示

主たる建物を見た後、順路を辿って見学を進める。

その主たる建物を囲むような建物に入ると、

当時の写真のパネル展示や、

極東国際軍事裁判(東京裁判)の様子を表す模型や、

ご丁寧にA級戦犯を中心としたパネル展示まであります。これを中国の観光客が見て学んでいるところがある意味すごい。

南京事件の記念館を見に行った時も思ったんだけど、我々日本人も何が起こって何が現在においても議論されているか学んでおくべきだと思うんだよねぇ。

南満州鉄道に関する展示も

メイン施設から離れたところに体育館みたいな場所があって、

覗いたら蒸気機関車が展示してありました。

川底に放置?されていたものを修復したそうです。昔訪問した人のブログを見ると、以前は雨ざらしだったようですが、いまはご覧の通りです。

東清鉄道から始まり日露戦争後、日本が権益を得て満鉄として経営していたと書かれている。

長春を訪問する機会があれば、まぁこの施設は外さないでしょう。歴史を勉強した上で行くとなお一層楽しめると思います。

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