スペイン ヨーロッパ旅

2012年9月 バルセロナ 秋の旅の思い出 1

この話は、2012年9月、熊太郎一家がスイスに住んでいた時にスペインのバルセロナ(Barcelona)を訪問した話です。

2026年と2012年を比較(この旅行記のまとめ)

この旅行記を書いたのは2014年ごろ。それを2026年に再編集したものです。再編集に際し、2026年の価格などを調べて追記しているんだけど、そこで感じたのは、

  1. 価格が当然ながら上がっていること。場所によるんだけど20〜30%値上がりしている。
  2. 2012年ごろは無料で入れたのに有料化されている。
  3. 事前予約必須の施設が増えている。しかも日時指定で。

世界全体で旅行できる人が増えているんだよ。でバルセルナとかベネチアとかの有名観光地、日本の京都なんかもそう、こういう場所は激混みになるという流れ。

推測なんだけど、そんな中、日本からの観光客は為替影響で増えていないんじゃないかな。2012年の時は1ユーロ≒120円だったのが2026年は180円超えだからね。1.5倍です。物価が20〜30%UPで為替で1.5倍だからね。敷居は高くなっているよなぁ。

秋休みにスペインに行く

スイスの学校、夏休みはあるんだけど、そんなに暑くないから8月下旬には2学期が始まる。
日本でも長野や北海道なんてそんな感じなのではないだろうか?

その代わりなのかどうかは知らないが9月下旬に1週間「秋休み」なるものが存在する。
現地校も10月前半にあったような気がする。

熊太郎、さすがに一週間休みを取ることは出来ないが、2日間休暇を頂き、土日入れて4日間どこかにいくことにしたんだ。

どこに行こうか家族と相談。結果、熊太郎娘が興味を持ったバルセロナに行く事にした。

飛行機使っての初家族旅行。土曜日の最終便20:45発 バルセロナ22:30着。お値段往復一人204.9CHFでした。(当時1CHF=100円程度でした。2026年の半分だね)


ゲートに入る前のバー。「バイバイバー」

バルセロナのホテル

さて、夜遅くにバルセロナに到着。熊太郎自身も20年ぶりのスペイン。今回は家族と一緒だし治安とかどうかなって少々ビビっていた。ということもあって、空港バスの降り口の近くのホテルを予約しておいた。

バスは市内の何カ所かに停まってまた空港に戻るエアポートバスを利用。便利です。市内まで35分、5.9EURでした(2012年) 2026年7月時点で調べると7.75EURですね。

ホテルはグランビアというホテル。名前の通りグランビア至近である。

無事にチェックインを済ませ部屋に入るもそこでひと騒動。

ホテルの2階にあるファミリールームに入るとそこは。。

前々世紀の趣のある天井の高い部屋だった。

ベッドが4つあるこの部屋。たくさんの古い調度品。そして壁面には肖像画が2枚。ピンボケだけど。

バイオハザードに出てきそうな古い洋館です。

当時9歳の息子。耐えきれず半べそ。宥めてさっさと寝る事にしたのだった。

グエル公園

1日目は移動日。そして2日目スタート。
写真がないのが残念だが、ホテルの朝食はなかなかのものでしや。

今日は有名観光スポットの1つ、グエル公園に向かう。地下鉄で近くまで行き、

そこから暫く歩く。丘の上なので坂道をえっちらおっちら。


グエル公園にとうちゃーく


もうすごいですよ。なにがって観光客の数が。


公園正面


天気は曇り空。青空だったら良かったがしょうがない。

公園だから園内は特になにがあるわけでもない。入場券を買う必要もない。公園入り口にお土産店があるだけである。もちろん公園周辺には軽食屋、お土産屋はたっくさんあるが。

→2012年時点ではグエル公園は無料だったんだけど、2026年7月にスペイン観光公式サイトを見ると有料(18EUR)になっていました。


グエル公園は世界遺産に登録されている。


遠くにサグラダファミリアが見えるよ。


公園の上の方にある広場にて。観光客だらけですよ。


回廊のとこ。


草を吐く動物


公園の入り口正面のハ虫類の像のところ

カタルーニャ地方

スイスの会社において熊太郎はスペイン人と同じ部屋で仕事をしていた。
彼女はバルセロナ近郊出身、地域で言うとカタルーニャ地方である。

今回のバルセロナ訪問は彼女の影響もあった。出張者に持って来て頂いた地球の歩き方「バルセロナ」を見せたら、彼女は日本語しか書いていない歩き方を見てくれていろいろ教えてくれたとてもいいヤツだった。

2012年当時、南ヨーロッパ諸国はソブリンリスクを抱え、若者の失業率が20%を超える非常に厳しい状態だった。(調べたら2026年現在は10%強でした)

ある時経済危機の話題になったとき、彼女は「私はスペイン人の前にカタルーニャ人だから」と熊太郎に言った。

さらに彼女は「スペインの地域間の経済格差は大きく、カタルーニャ地方は国全体の経済を支えている」と言う。

バルセロナの街を歩くとお店で目につくのはスペイン語ともう一つ似た言語が書いてある。これがカタラン語(カタルーニャ語)である。
カタルーニャの独立機運は絶え間なく続いている状況である。


グエル公園の帰り、マンションに掲げられた沢山のカタルーニャ州旗を目にする。


ここだけじゃなく街全体がこんな感じだ。

自分の住む地域にものすごくプライドを持っているのだなと思う。(丁度このときは州の独立論が強く出ていたのでなおさら)

サッカースペインリーグのバルセロナvsレアル・マドリードの試合も単なるライバル関係を超えた民族のプライドをかけた戦いという目を持って観ると興味深いよね。

こういった話はスペインだけでなく、ドイツ人も同様のようで、別事業の同僚が「私はミュンヘンエリア出身。ドイツ人である前にバヴァリア人(バイエルン)だからね」と言います。いろいろ旅をしたり、同僚と話をすると他にもフランスのブルターニュ地方(フランス本土左上の大西洋に突き出たエリア)でも地元意識が強かったり、ベルギーはオランダ語文化圏(フランデレン)とフランス語文化圏(ワロン)で国土が分裂してしまうような議論がなされていたり、長い歴史の中で占領したりされたりし続けている故、内包するたくさんの軋轢があるのだろうと感じる。

そんな中でEUとして経済統合している訳ですから、大変なのは想像に難くありません。まだ宗教が(ある程度)共通なので、中東のようなイスラムとキリスト系の関係より複雑ではないという人もいますが、異教徒の移民問題もあるので一筋縄ではいかないですな。

カサ・ミラ(Casa Mila)

グエル公園から戻り町の中心部へ。

熊太郎一家の女性陣が買い物したいというのでお買い物エリアをブラブラと。
でもね、この日は日曜日。欧州派日曜日はお店休みのところが多いんだよね。
やっぱりバルセロナもそうだった。

ガウディ様の建築物は街中にポツポツあるので、それらを見るべく気持ちを切り替えててくてく歩く。

まずは有名所のカサ・ミラを発見。東京丸の内にもあるオープントップの二階建てバスが走っていた。


ウネウネです。


たくさんの観光客が写真を撮っている。


中に入れるようですが、熊太郎家は次なる目的地へGOです。

ランブラス通り辺りをブラブラ

ぶらぶらしていると懐かしい看板発見した。


おー!無印良品。こんな所で出会うとは! 日曜日でもやっていました。

当時、まだ無印良品は珍しかったんです。


カタルーニャ広場


ランブラス通りを歩く(これはその脇道)


良い店構え


ボケリア市場にも立寄。


聖エウラリア大聖堂の中に潜入。


実はこの日、


バルセロナはお祭りの日だった。聖メルセ祭。夕方になるにつれ、街は混雑してくる。


そんな中、マイペースな観光を続ける。ダリ美術館に寄り、唇ソファーに腰掛ける。



とろける時計も観る。


だんだんマイペースに歩くのも困難になってきた午後8時。

夕飯

さて日も暮れたので夕飯である。

この店は事前に目星を付けておいた所で、地球の歩き方にも出ていた。

仕事帰り、スペイン人の同僚に「地球の歩き方 バルセロナ」を見せたんだ。

もちろん彼女日本語なんてわからないんだけど。レストランの名前とそれらの写真を見て「ここなかなかよ」って言ってたのでそれが決め手。


20時開店だったので少々前に店に到着したんだが、数組既に並んでいた。でも1回転目で入れたのでラッキー。


入り口近くは立ち飲みスペースで、奥はテーブル席。熊太郎家はテーブル席。
料理の写真撮っていなかった。。パエリア食べてサングリア飲みました。


1時間ちょっとで夕食終了し、外に出ると結構な盛り上がり。


歩き疲れたので軽くお祭りの様子を見て22時過ぎに宿に到着。翌日に備えます。

これで2日目は終了。3日目は例の教会訪問です。

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